沿革|鴨東幼稚園

鴨東幼稚園について

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1922年
田中野上町に田中講義所新設
(現在の京都丸太町教会が日本最初の自活した同胞教会となった年)
1927年 3月21日
田中教会年会承認(教会創立日3 月13 日第一回総会)教会敷地購入
1928年 4月4日
田中野上町から田中里ノ内町に移転
1929年 10月
田中飛鳥井町に移転(田中教会会堂・牧師館建築計画承認)
1930年
会堂建築のための補助を米国へ依頼
1932年
田中教会は地元の賛同多く有望と報告
1933年
教会建築のため年会より6,000円、教会から1,000円、組合からの寄付
幼稚園設置のため、ミッションより500円援助
1934年
教会建設開始時牧師はB.F.シャイベリー宣教師、その後、阪田捨一牧師へ。
鴨東教会・鴨東幼稚園と改称、12月に献堂式
1935年 4月10日
鴨東幼稚園 開園(初代園長グレース・シャイベリー)
後列左から3番目がグレース・シャイベリー氏です。

後列左から3番目がグレース・シャイベリー氏です。

1940年
(牧師・園長 中村信一)
1944年 12月22日
戦時中だが、日曜学校・幼稚園・教会のクリスマス礼拝の記録がある。
1945年 7月
日本海軍技術研究所が教会堂・園舎を接収 (牧師・園長 征矢野)
(礼拝は午後に会堂で行われていたが、幼稚園は不明)
1946年 4月15日
幼稚園再開(園児67名)、礼拝出席10名前後 (牧師・園長 廣澤勝彦)
花の日に東鞍馬口通をお花を持って歩いています。中央奥が鴨東教会・幼稚園です。

花の日に東鞍馬口通をお花を持って歩いています。中央奥が鴨東教会・幼稚園です。

1984年 4月
(牧師・園長 西尾雄二)
1989年 4月1日
宗教法人から学校法人に、鴨東キリスト教学園鴨東幼稚園となる。
1992年 4月
(牧師 柳井一朗・園長 松永宜範)
1993年 1月15日
鴨東教会教育館献堂式(新園舎建物)
1995年 4月
(園長 山本文雄)
1998年 4月
(牧師・園長 柳井一朗)
1999年 4月
(牧師 西村二朗・園長 山本文雄)
2006年 4月
(牧師・園長 西村二朗)

成り立ちこぼれ話

 京都丸太町教会の枝として生まれた同胞教会田中講義所ですが、教会設立のために現在の土地を購入する条件として、幼児教育施設を作ることと交番を併設することという条件を示されたと伝えられています。このことから地域の先達たちが、子どもの教育や地域の安全をとても大切に考えておられたことが分かります。
 棟上げ後の室戸台風の被害を乗り越えて建築された礼拝堂建物は、ミラノ工務店が施工を担当し、大倉三郎氏が設計に関わったことが分かっています。大倉三郎氏の初期の木造建築として歴史的に貴重な建物であることから、文化財保護のNPO 法人ASSEC の協力を得て、耐震対策とリノベーション工事を完了し、礼拝堂建物を保存してゆくことになっています。
 鴨東幼稚園の初代園長となったグレース・シャイベリー氏は、同志社神学部で宗教学、同志社大学で英文学を教えていた夫である宣教師B.F. シャイベリー氏と共に、キリスト教主義に基づく全人格教育をめざして日本人の教育のために尽力された方でした。