鴨東幼稚園

じろ園長のこっくりほっくり

ギャップ萌えについて

 牧師館で暮らすブランという白猫は、親バカに聞こえるかもしれないが美男子だ。見た人の多くが「美人(猫)さんね」とおっしゃるので、きっと人間ならビジュアル系で中性的な魅力をもった美男子なのだろうと思う。彼は滅多に鳴かないし、いつも落ち着いてすっと立つ、何をしてもカッコいいのである。そんなブランも時々ニャーと鳴いて甘えるし、地震が苦手で揺れると大慌てをする。けれどいつもがいつもなので、そんな取り乱した姿もむしろ魅力的に感じられるのだ。ギャップ萌えというやつなのだろう。一方、いつも甘えてきて、ドジもする、愛嬌があるけれどカッコいいとは言えない猫だって、カッコいいポーズを決めることがあるし、哲学者のような賢い顔をすることもある。けれどもいつもがいつもなので、珍しいなぁ程度で、それほど、感動してもらえないのだ。

 随分前のことだが、かなり慎重な私の母がオレオレ詐欺に引っ掛かりそうになったことがある。それはしっかり者の私の兄(を名乗る詐欺師)から「高価な研究機材を壊してしまったので100万円を振り込んで欲しい」という電話があったからだそうだ。いつも迷惑をかけていた私からの電話なら引っかからなかった。普段、迷惑をかけない兄が頼ってきたことで手助けをしてあげたいと思ったのだそうだ。なるほど、ギャップ萌えが母の慎重なガードを崩したのだった。

 普段しっかりものの子どもが、失敗をしたり、少々ワガママを言ったりしても同じことが起こるのではないだろうか。親としたら、いつも頑張っているし、この子もこんな面があったのだなと好ましく思えて、その子に優しく接したり、求めるままに応えてあげたりする。逆に、普段からどうも上手くできなかったり、だらしなかったり、ワガママだったりする子が、思いの他頑張ったり、しっかりするときがある。そんな時、「できるんやん、おどろきやわ」とか、「めずらしいな、雪が降るんとちゃう」とか、冗談のように流されてしまう。「普段からやってくれたらいいのに」とか、他の人に「普段は全然ダメなんですよ」なんて言われて藪蛇になったりもする。仕方がないとはいえ、少々理不尽に感じられたりもするのだ。

 上の子応援団の私としては、しっかり者で責任感の強い子が弱さを見せてくれたときは、頑張れではなく、ぜひギャップ萌えの魅力だと甘やかせてあげて欲しいと思う。そうすればまたエネルギーを貯えて自分らしいの道を歩んでいけると思うのだ。

 しかし下の子のズルさも身勝手さも自分のこととして知った上で、あえて逆ギャップ萌えも推奨したいと思う。普段、駄目な自分を見せてくる子どもが頑張ったとき、親の見ていないところでしっかりとした姿を見せたと聞かされた時、ぜひとも、それを茶化すのではなく信じて褒めて、そして、大いに感心してあげて欲しいのだ。そうすれば、親にはいつまでも頼りなく見えていても、きっと自分の力を信頼して、しっかりと自分の力で歩んでいく大人へと成長してゆくことができると思うのだ。

 ちなみに私は中の子応援団もしている。真ん中の子って、兄弟の中で、なかなか難しい立ち位置で苦労するように思いませんか。子どもたち皆が、人を信じ、自分を信じて成長してゆくことができますように!