金木犀の香り
鴨東幼稚園の園庭には、子どもたちが木登りの木として大好きな金木犀の木が生えている。毎年、たくさんの花を咲かせて良い香りを楽しませてくれ、やがて散っては綺麗なオレンジ色の絨毯になり、子どもたちに集められておままごとの材料になったりする。
今年は気候のためか、一度咲きかけて止めてしまったので心配していたのだが、ようやく満開になった。
朝、良い香りの中を登園してきた子どもが金木犀の香りを「はちみつのような、いちごのような匂い」と表現していた。なんて詩的で素敵な言葉だろうか。
大人になると「金木犀の匂い」と言っただけで分かった気になってしまって、「本当はどんな素敵な香りなのか」という感覚の探求を怠ってしまって感動を見失ってしまうことがあると思うのだ。
保育者もベテランになってくると、いろいろな情報や経験から子どもを理解できているような気になる間違いに陥ることがある。でもその思考は、保育とは全く反対の方向性をもっていることに気が付かなければならないと思う。子どもたちは皆違っていて、一人として同じ子どもはいない。だからこそ、掛け替えのない美しさでそれぞれに輝いて見えるのだ。それはキリスト教的に表現すると、一人一人が神さまから賜物をいただいて生まれてきた存在なのだ、ということだ。
君は「はちみつのような、いちごのような匂い」がするね。いつも、そんな素敵な言葉を子どもたちに語り掛けられる保育者でありたい、と思わされた朝の出来事だった。